『羊と鋼の森』 宮下 奈都著

午後4時に来校される方を体育館まで案内する、こんな、割とどうでもいいように思える事を担任に頼まれた。


どうでもいいようなことを頼まれるのはどうでもいいような人間だ。その日の来客もきっとどうでもいい部類の客なんだろう、と僕は思った。


午後4時前なのに客は既に来校していた。

担任に頼まれた通り、体育館に案内する。来客が体育館で向かった先は、ピアノ。それを見届けて立ち去ろうする僕。


 体育館からつながる廊下に出ようとしたとき、後ろでピアノの音がした。ピアノだ、とわかったのはふりむいてそれを見たからだ。そうでなければ、楽器の音だとは思わなかっただろう。楽器の音というより、何かもっと具体的な形のあるものの立てる音のような、ひどく懐かしい何かを表すもののような、正体はわからないけれども、何かとてもいいもの。それが聞こえた気がしたのだ。

 その人はふりむいた僕にはかまわず、ピアノを鳴らし続けた。弾いているのではなく、いくつかの音を点検するみたいに鳴らしているのだった。僕はしばらくその場に立っていて、それからピアノのほうへ戻った。

(略)

 森の匂いがした。秋の、夜の。僕は自分の鞄を床に置き、ピアノの音が少しずつ変わっていくのをそばで見ていた。たぶん二時間余り、時が経つのも忘れて。



衝撃的な出会いは、思いもよらぬところからもたらされた。僕は、出会ったその日から、冷めることのない熱病に冒されたように、音に向かって走り始めた。


走り始めたといっても、既に仕事をしている人から見れば周回遅れの、ただの新人。素人同然。それでも、何が素晴らしいか位は、僕にだって分かる。


鍵盤を鳴らし、耳を澄まし、また鍵盤を鳴らす。一音、一音、音の性質を調べるように耳を澄まし、チューニングハンマーをまわす。

 なだらかな山が見えてくる。生まれ育った家から見えていた景色だ。普段は意識することもなくそこにあって、特に目を留めることもない山。だけど、嵐の通り過ぎた朝などに、妙に鮮やかに映ることがあった。山だと思っていたものに、いろいろなものが含まれているのだと突然知らされた。土があり、木があり、水が流れ、草が生え、動物がいて、風が吹いて。

 ぼやけていた眺めの一点に、ぴっと焦点が合う。山に生えている一本の木、その木を覆う緑の葉、それがさわさわと揺れるようすまで見えた気がした。



17歳の時に感じた、あの感覚。調律されたピアノの音は、あの時に感じた木や山を呼び起こす。



単音から和音へ、音から音楽へ。

440 Hzのラから始まった音との対話は、次第に深みを帯びてくる。

そして、森の深みへと僕を誘う。







宮下さんの小説なので、熱病を看病してくれる人がたくさん登場します。周回遅れのランナーを導いてくれる先導者達も。


迷いながも、しっかりと意味の深みに達していく、そんな成長の物語です。