『沈みゆく大国 アメリカ』 堤 未果著


衝撃的な内容です。




(アメリカでの)自己破産理由のトップは「医療費」だ。

アメリカには日本のような「国民皆保険制度」がなく、市場原理が支配するため薬も医療費もどんどん値が上がり、一度の病気で多額の借金を抱えたり破産するケースが珍しくない。国民の三人に一人は、医療費の請求が払えないでいるという。




この異常な状態を改善するため、アメリカ版国民皆保険制度の導入を訴えたのがオバマ大統領でした。



この状況のなか、オバマ大統領は、国民に向かってこう宣言した。

「もう誰も、無保険や低保険によって死亡することがあってはならない」

アメリカに〈皆保険制度〉を入れること。かつてヒラリー・クリントンが試みて、業界の圧力でつぶされた大改革は、オバマ大統領の公約の一つだった。

2010年3月。共和党をはじめとする強い反対勢力を押し切って、オバマ大統領は「医療保険制度改革法」に署名した。




いわゆるオバマケアの始まりです。

法制度が整い、これからはより少ない自己負担で必要な医療を受けることができます。



いや、受けることができる筈でした。



「この法律によって、アメリカ国民の保険料は平均2,500ドル下がります」



このようにオバマ大統領は国民に説明していましたが、実際はそうではありませんでした。



ある家族の保険が紹介されます。

オバマケア開始前は、月々の保険料が 600ドル。免責額が 4,000ドルでした。つまり、医療費自己負担額が 4,000ドルを超えた時から保険金が支払われる契約でした。


オバマケア実施後の保険切り換え。保険料が下がる事を期待してきたのに、出されたプランは、月々の保険料が 1,200ドル、免責額が 5,000ドルでした。

同等の保証内容として提示された新しい保険は、月々の保険料が倍。つまり保険料だけで、年間 7,200ドルの負担増でした。



「ウソでしょ?もし高い薬を飲むことになったらすぐ払えなくなるじゃない。そうだ、補助金が出るんでしょ?うちはいくらもらえるの?」

だが政府補助金の計算をしたタカミ (保険販売所の一つ) は、気の毒そうに首を横に振った。

アンジーたちは 65,000ドルの年間所得が、受給条件を超えているため、補助金は1セントももらえないという。




年収 780万円 (65,000ドル) の家庭を不安のどん底に突き落とす、アメリカ医療の現状は、どうなのでしょうか?




「オバマケア」で新しい保険を手にした人々は、早速今まで行かれなかった病院に予約の電話をし始めた。

だがここで彼らは壁にぶつかることになる。

肝心の、オバマケア保険を扱う医師が見つからないのだ。



理由は、保険会社が儲けが減るオバマケアを嫌がり、オバマケア保険で診療する指定医療機関を大幅に減らし、治療費の支払い率を下げたからでした。しかも、医師の行う事務作業が増え、以前より仕事量が多くなっているのに収入が減るという状況に陥っています。


しかも、治療内容に納得できないと、すぐ訴訟を起こされる。



「確かに私の年収は 20万ドルで、ごく平均的な外科医の給与ですが、訴訟保険料が年間 175,000ドルですから、手取りは約 25,000ドル (約300万円)。しかもひっきりなしにやってくる患者と山のような事務作業で、寝る時間もない。これは〈勝ち組〉なんかじゃなくて〈ワーキングプア〉って呼ぶんじゃないですかね?」



良心的に仕事を行う程、困難に直面します。

アメリカでは専門職の自殺第1位が、医師なのだそうです。

このレポートを読んで納得しました。



では、何故、国民皆保険なのに、アメリカ医療はこれほどまでの惨状なのでしょうか?




日本の医療は憲法25条 (生存権) に基づく社会保障の一環として行われ、その根底には「公平平等」という基本理念が横たわっている。

一方アメリカでは、医療は「ビジネス」という位置づけだ。どんなに綺麗ごとや数字データを並べても、国民の「いのち」が、憲法によって守られるべきものだという日本と、市場に並ぶ「商品」の一つだというアメリカでは、もうこの一点だけでまったく違う。制度の成り立ちからして 180度真逆なのだ。



実はこの間、製薬業界と裏取引がありました。

今後10年間で見積もられる処方薬総額3兆6千億ドルの2%に当たる8百億ドルの値下げと引きかえに、薬価交渉権という選挙公約を放棄するという取引を、業界との間で交わしていた。


その結果、製薬会社は開発した自社薬剤に好きな値段をつけることができます。



2014年8月。〈奇跡の薬〉と呼ばれるC型肝炎の新薬〈ソバルディ〉が、アメリカ保健福祉省に保険適用薬として承認されたことが公表された。(略)世間をどよめかせたのは、ギリアド・サイエンシズ社がつけた一錠 1,000ドル、1クール12週間で 84,000ドル (約1,000万円) という値札の方だ。



奇跡の薬と言っても内服できなければ意味がありません。処方された薬代の40%程度は自己負担です。どのくらいの人が1クール分の薬代が払えるでしょうか?

自治体にとっても大変な事態で、オレゴン州の試算では、ソバルディだけで、メディケイド年間支出が2倍になるといいます。


無駄を省き、国民のためになる医療改革であった筈のオバマケアが、保険業界・製薬業界に莫大な利益をもたらし、資金提供した投資グループを潤す一方で、善良な一市民が病気になっただけで自己破産するかもしれない世の中を作りだしてしまいました。



医療の規制緩和・民営化が、いかに莫大な利益を生むか、味を占めたアメリカの超・富裕層 (スーパー・リッチ) が、次なる市場として狙っているところ。


著者は、それが日本だと述べています。



確かに日本の医療には色々と問題がありますが、アメリカの営利病院や医療法人は人口の多い地区のみに病院を建て、ERや小児科など採算の取れない部門をカットし、利益性の高い「心療内科」や「循環器科」「整形外科」などを中心に儲けを出している。安全性よりコスト削減を優先し、支払い能力のない患者は診ず、過疎地には開設しないため弱者は排除されてしまうような医療に変貌しても良いのでしょうか?



〈国家戦略特区法〉で指定された東京・大阪の「学校や病院の株式会社経営や、医療の自由化、混合診療解禁など総合的な規制撤廃地区」での取組を、注意深く見守らなくてはなりません。