『内村鑑三』 若松 英輔 著


序章から刺激的な記載があります。


 武士道とキリスト教はともに「道」だが、それは次元を異にする。前者は人が作った道だが、後者は神によって拓かれた道だという。前者は後者に接近するほど、より完全なものとなる。武士道を追求することは、キリストの道を深めることを阻害しない。むしろ、その開花を準備する。(略)

(略)

 キリスト教が大きな影響力をもった欧米において、その真髄は「亡びつつある」というのが内村の実感だった。一方、「武士道そのものに日本国を救うの能力はない」、だが「武士道の台木に基督教を接いだもの、そのものは世界最善の産物であって、これに日本国のみならず全世界を救う能力がある」という。

(略)

 さらに執筆の具体的な時期は不明だが、若き内村が自らの聖書に書き込んだ次のような記述がある。この一説にはっきりと「二つのJ」の原型を見ることができる。


 I for Japan;

 Japan for the World;

 The World for Christ;

 And All for God.


「余は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、そしてすべては神のために」と訳すことができるだろう。Christは、先にみたJesusと同義である。


内村はどのようにしてこのような考えに至ったのか?

(考えではなく実感かもしれません)

それを、若松さんらしく生い立ち・交友・著作・周辺著作を紹介しながら丁寧に論考していきます。


世界宗教と呼ばれるキリスト教。

そこに武士道という「人の道」を加えることで、世界宗教から脱却して、より普遍的な宇宙宗教とでも呼ぶべき教えになりうると考えたのではないか。読み進めるうちに、私にはそう

思えてきました。